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「なぜ本を読まないといけないか」には答えられないけど・・・(その1) 【青二才の哲学エッセイ vol.11】

問題提起編

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2020-03-21 15:05:56

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読書

若者の本離れが深刻だと言われて久しい、という言葉ももう言い尽くされた感がある。私もその若者の中に入るが、周りの友達で本を読んでいる人間はほとんどいないと思う。正直、本のことを話題にすることすら躊躇ってしまう。私のように、本好きを公言できない人は意外といるのではないか。読書会というイベントに何度か参加したことがあるのだが、「普段の生活の中で、本のことを話せない」ということで話が盛り上がった。本に関することだとみんなが共感できなくて、話の流れを折ってしまうのが怖い、空気を壊すのが怖いというのが大きな理由の一つだった。本離れが進む理由の一つに「友達との話題にならない」というのもあるのかもしれない。多感な学生時代ならこれは死活問題である。負のスパイラルを感じる。

最近でもまた、東洋経済オンラインで「『若者の本離れ』がこんなにも加速した5つの理由」という記事が掲載されていた。この記事では普段本を読まないけども優秀な若手起業家の意見から文章が構成されている。その人が本を読まない理由として、①つらいから、②時間がもったいないから、③楽しくないから、④書き手が知らない人だから、⑤ネットの方が便利だから、ということが挙げられている。(詳細は下記URLを参照してほしい)

https://toyokeizai.net/articles/-/330115

本に対する印象としては私とほとんど真逆といっていい。それでも、若者の間では私のような「本好き」の方が少数派で、身の回りはこう感じている人が多いから、なんとなく気持ちはわかる気がする。現代ではネットが発達したこともあり、他にも面白くて刺激的なコンテンツがたくさんある。選択肢が多様化したなかで本が選ばれづらくなるのは必然のことだとも思う。

逆になんで私は本好きになったのだろう。友達と本の話で盛り上がった記憶はほとんどないのに。自分で自分のことが気になってしまったので、少し振り返らせて頂きたい。

恐らくきっかけとしては、幼少期の環境によるものが大きいと思う。物心ついた頃には私の側に「ぐりとぐら」、ねずみの絵が可愛い「14ひきの〜」シリーズといった絵本、「チェック&アタック」という学習参考書、大きな気象図鑑もあった。特に好きだったのは地図帳だ。ただ眺めているだけですごく楽しかった。今もそれは変わらないけど。4、5歳くらいだったと思うが、その時の誕生日でおばあちゃんに、バイク乗り用の「ツーリングマップル」をねだったのもよく覚えている。

中学の頃には登校してすぐの時間に、15分の読書タイムというものがあった。東野圭吾さんや海堂尊さんの作品をよく読んでいた。続きが気になりすぎて、読書タイムでは収まらず、休み時間にも読んでいたりした。高校の時は買ってもらったガラケーでのゲームと受験勉強で読書熱が下火になっていたが、大学3年の頃に再燃する。

なぜ再燃したのかは正直よく覚えていないが、就活に向けて「新聞を読め」とか「本を読め」とか言われてからの流れだったかもしれない。活字を読むという行為からしばらく遠ざかっていた私は、とりあえずまずは読書の習慣をつけたくて、読みやすそうなビジネス書や小説を手にとった。山崎ナオコーラさんは今でも私のヒーローである。ほぼ全作読んだ。

将来のことについて悩んでいた就活の頃には、シェアハウスの友達から哲学の本を紹介される。彼は池田晶子さんに救われたと言っていた。すぐに私もその一人になった。池田晶子さんの本や考えは、今の私を形作っている大きな要素の一つだ。こうして振り返ると、池田晶子さんや哲学に対してもそうだが、本に対しても感謝していると言っていいと思う。今の私が本を好きなのは至極自然な流れなのだ。

ではなぜ本をずっと好きでいられたのだろうか。要因は様々あると思うのだが、大きなもの二つに絞ってみる。

一つ目は、いい本に出会えた時にはなんとも言えない「感動」があるということだ。この人凄い、この考え方凄いと思えた時に、脳みそから何かが溢れ出してくる。俗に言う「脳汁」というものだろうか。池田晶子さんの考えに触れた時もそうだったし、最近読んだ本だと生物学者の福岡伸一さん、また、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」も凄かった。「コンビニ人間」は、ラストシーンを読んだのがたまたま山手線の車内であったが、涙がこぼれてしまい焦った。脳汁だけで済ませて欲しかった。とにかく、この快感を求めてまた新しい本に手を伸ばしているのかもしれない。

二つ目は、本でないと得られない深い知識があると思うからだ。どの本も1冊お値段がそれなりにするけれども、それ相応の価値がある。書き手が苦労をして言葉に、そして文章にしたものだ。書き手のために相応の対価を支払うことは当然だ。良いサービスに対して高い報酬があるからこそ良い書き手が次々生まれ、質が保たれる。もちろん、お金が目的だけでななく、純粋な書きたい気持ち、広くこの世界・社会に伝えたいという正義感からという作家さんもいるだろう。書く理由、本を出す理由は人それぞれ大きく違うかもしれないが、一つ言えることは、素晴らしい本は「時の試練」に耐え、長く読み継がれる、ということではないだろうか。古典もそうだし、ネットまだない時に書かれたものもそうだ。そういった「時の試練」に耐えた本には、多くの人々が評価する何かがあるはずだと私は思う。

こうして書くと本を読むことはとっても素晴らしいことのように感じる。それでも、私の人生を変え、豊かにしてくれたものだ!みんなもっと読めばいいのに!」・・・とは言い切れない。命令するように言ったら余計敬遠されるだろうという理由もあるけど、続きはまた次回。

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