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ヒエラルキーから自由になる 【青二才の哲学エッセイ vol.10】

問題提起編

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2020-03-14 11:45:38

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ヒエラルキー

スクールカースト

観念

人間関係

今回は私の就活のときのお話。

私の第一志望は出版社だった。本が好きだったというのもあるけども、大きな理由としては、給料が良さそう、私服で働けるっぽい、華やかそう、というなんとも薄っぺらいものだった。そんな安直な心持ちでうまくいくほど私の人生はイージーモードではない。就活イベントで知り合った出版社の人や、他の出版社志望の就活生たちの、自分とは比べ物にならない知識や本に対する愛の差に愕然とし、それにもめげずに出版社に入りたいという根性もなく、結局方向転換して色々あって今の会社に至る。今いる業界は近からず遠からずといった感じだ。
その時は基本的に出版社しか考えていなかったが、新卒の就活という一生に一度しかない機会なので、いろんな会社を手当たり次第受けていた。興味本位で社会見学みたいな感覚だった。今思うとなんというハタ迷惑な学生だろうか。聞かれたら正直に第一志望は出版社ですとは言っていたけども。それはそれで人事担当者を苛つかせていたかもしれない。

ある専門商社を受けた時のことだ。エントリーシート、グループディスカッション、集団面接をなぜか突破し、人事部長と一対一の面接までたどり着いた。初めてのお偉いさんっぽい人との面接でとても緊張していたが、人事部長は人当たりが良くて、冗談を交えながら世間話から入ってくれ、私も比較的自然体で話せていたと思う。私の履歴書を見ながら、生い立ちとかやってきたこととかパーソナルな部分についての話がほとんどだった。いかにも就活の面接らしい質問はほとんどせず、雑談に近かった。履歴書から質問できそうなことが一通り終わった後、人事部長が一息つき、座り直して姿勢を変えた。少し雰囲気が変わった気がした。それから、
「僕はね、ヒエラルキーで言うところの、この辺の人達が欲しいの」
そう言いながら胸の前あたりで両手を使い三角形を描き、てっぺんの辺りを人差し指で指し示した。
私は腑抜けた声で「はあ…」としか言えなかった。固まってしまったが、スクールカーストの上の方にいる人が欲しくて、君はそうじゃないという含みがあることはすぐにわかった。さすが人事部長。ご明察である。スクールカーストの上の方にいたことは全くない。あとはよく覚えていないが、一言二言交わして最後に「他で頑張ってね」とエールを送られ、後日正式にお祈りメールが届いた。

「ヒエラルキーとかスクールカーストがどうだったかとかが仕事に関係あるの?」という思いは当時も今も変わらない。ただ、彼は、長年の経験からみて、その会社や業界で活躍する人物としてそういう傾向があるという考えがあり、採用もそれに準じたものにしているのかもしれない。あくまで推測である。
いずれにせよ、社会人になってまでヒエラルキー、スクールカーストといった価値観の物差しで測られるのかと思うとげんなりした。正直めんどくさいなと思った。そのときは、ヒエラルキーやスクールカーストから醸し出される価値観や場の空気に翻弄され、流され、それに疲弊していたところがあった。周りの空気に流されずに、全く気にせずに本当にやりたいことをできるほど私は心の強い人間ではない。自分の心に正直に、蓋をせずに生きてみたかった。今思うと周りを気にしすぎることで後悔したこともある。言葉は悪いが、自分の好き勝手にやってみたかった。そうした自分の心の声に気づけたイベントだったのかもしれない。

幸いにして、今の会社の人たちも、お客さんもいい人ばかりだ。出会いには本当に恵まれていると思う。何より私がこの会社に入る前にやりたいと思っていたことは、存分にやれている。後はお給料がもう少しあれば言うことないのだが。でも総合的に判断して現状幸せだ。

そう思えるようになれたのは、誰も知らない土地へと環境を変え、同世代もほとんどいない会社に入ったことが大きかったと思う。自分が人からの影響を受けやすく、周りの目をどうしても気にしてしまうということが、痛いほどわかっていたからだ。繰り返しになるが、私にとって一番大切だったのは「自分に正直であること」であった。それができる環境に身を置けたことは大きい。あれだけ自分の中で絶対的なもののように思えていた価値観も、環境が変われば全く気にするものではなくなった。ヒエラルキーであれスクールカーストであれ、目の前の価値観にどうしても比重を置きがちであるが、その場にあるものが全てではない。私は、私が戦える土俵で戦う。自分が幸せを感じられる場所で、自分にできることをしたいなと思う。

最後にかっこよくまとめようとしたのだが、どうしてもうまくいかなかったので、池田晶子さんの「14歳からの哲学」から文章を引用させて頂く。きっとなにかのヒントになると思う。

『人間はあらゆる思い込みによって生きている。その思い込み、つまり価値観は人によって違う。その相対的な価値観を絶対だと思い込むことによって人は生きる指針とするのだけれども、まさにそのことによって人は不自由になる。外側の価値観に自分の判断をゆだねてしまうからだ。(中略)人は、思い込むことで自分で自分を不自由にする。それ以外に自分の自由を制限するものなんて、この宇宙には、存在しない。』

どれだけ様々な価値観が溢れていようとも、幸せの形は自分で決めることができる。

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